家は、自動車のようにメーカーの工場で生産される規格品ではない。1軒1軒、すべて違う。現場の条件も、設計も、施工方法も違う。たとえ設計や施工方法が同じでも、建てる職人の心意気や腕、経験によってもでき上がりは違ってくる。当然、完成した後に住む家族も違う。だからこそ、互いの顔を見る必要がある。建て主からすれば、職人1人ひとりの顔を見て「この人たちが建ててくれるんだ」と知っておくほうがいいし、工務店の人や職人からすれば「この人たちが住む家なんだ」とわかっているほうがいい。
尼崎市の中古一戸建て
札幌市西区の中古一戸建て
札幌市厚別区の中古一戸建て
みどり市の中古一戸建て
大牟田市の中古一戸建て
「この人たちのためにいい家を建ててやろう」という気にもなる。当然、仕上がりも違ってくる。家は人の力で建てるものであり、そこにはかならず「気持ち」が関わってくる。地鎮祭は、これから家を建てる土地を清めて、土地の神を祭る儀式である。その土地では、過去にどんなことがあったかわからない。どんな不幸や不運があったかもしれない。ひょっとしたら、かつては墓地だったかもしれない。それを清めて、工事の無事と安全を祈願してから、基礎のコンクリートを流す。これは理屈抜きに気持ちのいいことだと思うのだ。伝統的には神主を呼び、神道の習慣にのっとって行う祭事だが、理屈なんかどうでもいい。簡単なものでもいいし、キリスト教の牧師さんを呼んで賛美歌を歌う建て主だっている。同じような儀式は、西洋にも、中東、アジアにもある。家を建てようとする人間の心構えの問題なのである。